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頑張るってなんだろう? 疲れるほど頑張りすぎて、身体を壊してしまう前に。大切な2つのこと。

「頑張る」ことは大切だ、「頑張る」ことは必要だ、と言われているというか、それが普通だと思われているようなところがあるように思います。

「頑張っても報われない」
「頑張っても、頑張っても、まだまだ足りない」
「精一杯頑張っているのに、今以上の頑張りを求められる」

このような思いがあるのなら「頑張る」ことに疲れてしまっている可能性があります。

頑張り過ぎや、間違った頑張りは、人の心も身体も蝕んでいきます。

ぜひ一度、なんのために頑張っているのか?頑張る意味はなんなのか?考えてみましょう。

「頑張る」の本当の意味

途中の困難にめげず、最後までやり通すこと。

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「頑張る」を辞書で調べてみると、このように書かれていました。
このことからも「頑張る」とは、「結果」というゴールまで進みきることだということがわかります。
また、辛いこと、苦しいことにも、耐えられる精神力のようなものが必要なのかな、とも感じさせられます。

人生には、辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、理不尽なこと…、たくさんの”困難”と思えるものが、目の前に立ちはだかることがあります。
その大きな存在との向き合い方を「頑張る」と呼べるのであれば、「頑張る」ことは、わたし達にとってとても必要なものなのかもしれません。

この「頑張る」の意味を間違えてしまうと、心身が疲れ切ってしまい、日常生活にも影響が出てしまうことがあります。

自分を大切にしながら、本当の「頑張る」を実行していくために大切なことを2つをご紹介します。

「頑張る」と「頑張りすぎる」を間違えて、自分を壊してしまわないために。

大切なことはとてもシンプルです。

1.ゴールである結果や目的はなんなのか。
2.いつまでにゴールするのか。

とっても簡単なこの2つを、頑張っているとつい忘れがちです。
とくに、真面目で真っ直ぐな人ほど、頑張っているうちに、「”頑張る”ことを頑張る」ようになってしまう。
そうなると、いつまでたってもゴールは見えないし、目的を見失っているので、達成という満足感を得られず、ずっと不足感を抱えたまま、頑張り続けなければならないというループに陥ってしまいます。

1.ゴールである結果や目的はなんなのか。

何を目指しているのか、どうなりたいのかを明確にすることはとても大切です。

目指すものがわからなくなるというのは、行きたい目的地があるにも関わらず、それがどこなのか住所も方角も、どんなところかさえわからず迷子になっているのと同じです。
目的地が自分でわかっていれば、たとえ迷子になっても、方角を頼りに進めますし、誰かに道を訪ねて助けてもらうこともできます。

人生もそれと同じです。
目指す場所が明確になっていれば、必ずそこへ行き着くことができます。
スタートする時も、進んでいる途中も、目的地を意識しながら進んでいく必要があります。

ちょっと捕捉ですが、進んでいる途中「あれ?この目的地ではなく、こっちの方がよりいい目的地のような気がするな」と感じることもあったりします。
あっちの方が楽そうだな、こっちの方が得しそうだな、という損得の感情ではなく、心の奥からこの方向の先にゴールがある、と感じるものです。
目的を明確にしているほど、それ気持ちにためらいを感じてしまいます。
自分の掲げた目的地が間違っていたのか?と感じるからです。
しかし、それは決して間違っていたのではありません。
ここまで進んできたからこそ、スタート地点では見えなかった、より素晴らしい目的地を見る目が養われたという証です。

2.いつまでにゴールするのか。

いつまでに。
期限を決めていないゴールは、ゴールが無いのと同じことです。

目的の場所へ行く日時が決まっていない、ということなので、今日行ってもいいし、明日でもいいし、1年後でも、10年後でもいい。
出発はしたけど、ほかに興味のあるものがあればつい寄り道をしてしまうし、寄った先で別の目的が出来てしまうこともあります。
新の目的ではなく、先にその新たな目的の方向へ進み、そこへ向かう途中にも同じように寄り道をして、さらに別の目的を見つけてしまう。
いくつかの目的を持つことがあったとしても、そこにそれぞれの期限がなければ、すべての目的が中途半端なまま、達成されることなくいつまでも取り残されてしまうことになります。
頑張ってはいるけど、やることがたくさんありすぎて、何をしているのかわからなくなったりするのも、こういった状態の時です。

いつまでに達成したいのか、期限を決めて取り組むことで、そこまでの一歩一歩の道のりの充足感を感じられるのではないでしょうか。

 

自分にとっての心地よいものは

2つの大切なことを踏まえて、どう頑張るのか・なぜ頑張るのかを考えてみます。

「ただひたすら頑張る」
「がむしゃらに頑張る」
「死にものぐるいで頑張る」

ちょっとカッコいい言葉に聞こえることもありますが、2つのことを大切にしていたら、ちょっと違うかなって気がしませんか?

ここまで「頑張る」ことについて書かせて頂きましたが、「頑張る」という言葉を、わたしなりの解釈で使うとしたら、一般的な「頑張る」とは少し、いいえ、かなり違っています。

” その大きな存在との向き合い方を「頑張る」と呼べるのであれば、「頑張る」ことは、わたし達にとってとても必要なもの "

このように、はじめの方で述べたように、あくまでも「向き合い方」だと思っています。

頑張らない生き方 ❞

わたしの理想の幸せは、頑張らないこと。
世間一般に言われている「頑張る」をしないこと。
これは、自分自身の体験から、そう感じたからです。

人はある「夢」や「望み」を見つけたとき「目的地」を設定して、
あそこへ行こう。
あのようになろう。
そう決めて、いろいろなものごとにチャレンジしたりスタートしていくのではないかと思います。

「夢」や「望み」のこと、それをやり遂げること、考えるとワクワクして楽しくなります
そこへたどり着いた時やもっと先の未来のことを考えるとニヤけてきたりします。

でも、そこへ行く途中に石につまづいて転んでしまうかもしれません。
「コケちゃった(笑)」と事実をだけを受け入れられますか?

”良くないことが起こった” と捉えれば、それは困難になります。
骨折したり、救急車で運ばれても、痛いのも怖かったのも事実かもしれないけど、それだけでは「良くないこと」かどうかはわかりません。
入院先で素敵な出会いがあるかもしれませんし、他のやりたくなかったことを断る口実が出来たかもしれません。そう考えると、石につまづいて転んだことは「ラッキーなこと」に変わります。
誰かがわざと石を置いたんだと疑ったり、恨んでみたり、こんな危ない道はやっぱり自分には無理なんだ、と考えると、これは 「良くないこと」に変わります。
これが困難です。
痛いのに泣くのを我慢したり、一人では怖いのに大丈夫だといって一人でいることも「良くないこと」となることも。

我慢して気持ちを押し殺したり、納得出来る原因を作り上げる必要もないんです。
平気なふりはしなくていいし、休んでもいいし、泣いてもいい。

原因はいつだってとてもシンプルです。
ただ、道端に石が転がっていた。
転がっていた石につまづいて転んだ。
それだけ。

それでも、人は複雑な原因を作り上げようとすることがあります。
我慢もするし、それを他人に強要されることもあります。

そのときの向き合い方が「頑張る」ことだと思います。

あるとき突然、思いがけない出来事が起こり、どのように対処したらいいのかわからない状態になってしまうと、
感情はときに予測しない方向へ向いてしまうことがあります。
感情をわたし達の中にある、脳とも本心とも違う、ある種の”個”だと考えると、そのようなことがありえるかなと感じられるのではないでしょうか。

つまり、わたし達が感じている”感情”が全てではない、ということです。

いろいろな感情が出てきたとき、振り回されそうになったとき。
今向かっていた”目的”や”ゴール”を思い出してください。
そして”感情”に隠された”事実”を見つけてください。

「頑張る」ことが大切で「頑張る」ことは必要なのだとしたら、このときが「頑張る」ときなのだと思います。

自分自身と真っ直ぐに向き合うこと、自分自身の声を聞く、ということです。

これって時には怖いし、時には難しい。
それでも、「夢」や「望み」そして、さらにその先にいる自分をいつも心の中に置いていれば、わたし達はいつも満たされた状態を保てます。
自分に鞭打って戦いながら生きるのではなく、幸せの波に乗るように生きていきましょう。

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